今日はクラッシェン(Krashen)のインプット仮説(input hypothesis)、またの名をモニターモデル (monitor model)について書きたいと思います。

SLA(second language acquisition)研究における、基礎の全てがここにあると言っても過言ではないほど、超絶有名な理論です。

まずこの理論はクラッシェンというおじさんによって1977年に考案されました。

考案された当時は理論の一つとして考えられていたんですが、今では彼の唱えた言語理論で、言語習得に関する複数の問題を包括的にあつかった5つの仮説を総称してインプット仮説と呼んでいます。(なので5つの中の1つはインプット仮説です)

ではその5つの仮説とは何か。

習得・学習仮説(the Acquisition-learning hypothesis)

モニター仮説 (the Monitor hypothesis)

自然習得仮説 (the natural order hypothesis)

インプット仮説 (the Input hypothesis)

情意フィルター仮説 (the Affective filter hypothesis)

です。

では一つづつ見ていきましょう。

まずは習得・学習仮説(the Acquisition-learning hypothesis)

この仮説では、人が第二言語を学ぶ際には、二つの学習過程があると考えています。

一つは習得、もう一つは学習です。

では一体この二つはどう違うのか。

クラッシェンは、赤ちゃんが母語を獲得したように、無意識に行われる言語理解のことを習得と名付けています。

僕たちは子供の時に日本語を学習する時、「動詞が名詞に接続する場合には連体形になる必要があるから語尾を変化させて接続しなければならないな」、なんてことは考えませんでしたよね。

そんな子供嫌です・・・笑

僕たちは日本語を自ら勉強して、獲得したのではなく、無意識に習得したと言えます。

これに対して、クラッシェンは意識的に言語理解をしようとすることを学習と名付けました。

例えば英語で、関係代名詞を理解するために文法書を購入して読んでみる、というような行動はこちらの学習に当てはまります。

クラッシェンの理論では、学習で得られた知識は、習得された知識に変わることはない、と主張しています。

次にモニター仮説 (the Monitor hypothesis)です。

クラッシェンは、モニター仮説のなかで、習得で得た知識のみが、実際のコミュニケーションの時に使用され、学習によって得られた知識は、コミュニケーションを行う際、自分の生み出す話し言葉が正しいかどうかを判断(モニター)するためだけに利用される、と主張しています。

さらにこのモニターを使うためには。3つの条件が必要であると言われています。

それは

①規則を知っていること

②言語の正確さに焦点が当てられていること

③モニターを働かせるのに十分な時間があること

の3つです。

例えば自分が”I go to the park yesterday.”という文を発しようとした時に、自分でそれが間違いで、”I went to the park yesterday.”である、ということに気づくためには、①過去を表す時には原形を使えないという知識を知った上で、②その分が正しい文なのかを意識し、③それを直すための時間(次々と話す必要がない状況など)がある場合には、学習によって得られた過去形の知識をモニターとして利用することができ、その結果自分の間違えに気づき、修正した後に言葉を発することができる、ということになります。

次は自然習得仮説 (the natural order hypothesis)です。

クラッシェンは第二言語の習得順序は、第一言語の習得同様、決まった順序で習得されると主張しています。

例えば三単現のsは中学一年生の時に学習する内容ですが、かなりの英語上級者になっても、会話の時に三単現のsが抜けることがあります。

この三単現のsは習得順序的には後に位置しているために、英語上級者を含む多くの人が理解できていても間違えてしまう、ということになります。

しかし、気をつけなければいけないことが一つあります。

この習得順序は母語の影響により、学習者の第一言語によって変わる場合もあります。

例えば冠詞に関しての習得順序は比較的早い段階に位置していますが、冠詞を持たない母語の学習者、僕たち日本人の場合には冠詞の習得は遅れてしまします。

一方で、習得順序では後のほうに位置している所有格のsに関しては、日本語の所有格と使い方が似ているため、日本人は比較的早い段階で習得できる、ということになります。

次はインプット仮説 (the Input hypothesis)

おそらくクラッシェンの中で一番有名な理論がこのインプット仮説です。

言語習得は理解可能なインプット(仮に自分のレベルをiとすると、そのレベルよりも少し難しいもの(+1)、つまりi+1のインプット)を繰り返すことによりおこなわれ、文法の学習やアウトプット(話すこと)などは第二言語習得に直接的には関係しないという考えです。

言い換えると第二言語習得のためには、インプットだけで十分、ということです。

僕がオススメしている音読の方法は、このi+1のインプットに基づいてオススメしています。(音読法

最後の一つは、情意フィルター仮説 (the Affective filter hypothesis)です。

これは、人間には「情意フィルター」というものが存在し、学習に対するネガティブな感情、例えば自分の学習方法を不安に思っていたり、学習に対するモチベーションが低かったりすると、この情意フィルターが高くなり学習効率が悪くなってしまう、逆に自分の学習に対して自信を持っていたり、モチベーションが高いと情意フィルターは低くなり、学習効率が高まるというものです。

イメージとしてはろ過装置にインプットを通した後、残ったものが実際に習得されるというイメージです。

情意フィルターが高くなれば高くなるほど、ろ過される量が増えていくので習得率は減っていく、という感じです。(英語上達の極意で述べている情意フィルターとはこのことです)

この5つがクラッシェンの主張しているモニターモデルですが、読んでいて感じた人もいるかもしれませんが、もちろん問題点もあります。

まずは習得と学習に関しては、学習されたものでも実際にコミュニケーションとして使われるという点です。

例えば、分詞を学習した後、実際にそれを何度も使用することで、無意識に使えるようになります。

文法を学習する理由の一つはそれですよね。

スポーツなどと同じように、繰り返すことで無意識に使えるようになります。

つまり、クラッシェンの主張する、学習で得られた知識は、習得された知識に変わることはないという考え方には問題点があるように感じられます。

また、第二言語習得のためには、インプットだけで十分という考えにも問題点があります。

実際に、母語とは異なるテレビだけを見て第二言語を習得した子供が、その言語を聞いた場合には完璧に理解できるが、実際にその言語を話すことはできない、というような「受動バイリンガル」と呼ばれる例も出てきているので、インプットだけでは第二言語はマスターできない、というのが現在の見解になっています。

その他にも様々な批判や問題点もありますが、言語学における複数の問題に一気に対処しようとした初めての理論であり、現在の研究にも大きく影響を与えている、ということを考えると、この理論の凄さがわかると思います。

っということで、長くなりましたが、これがクラッシェンのモニターモデルです。

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